脳のはなし

将来うつ病に役立つ脳のネットワークを発見

OECD(経済協力開発機構)のメンタルヘルスの国際調査によると、うつ病やうつ状態の人の割合は、新型コロナが流行する2013年は7.9%だったのが、流行後の2020年では17.3%と2.2倍に増えたと報告されています。
そしてうつ病は、自殺者の原因のうち健康問題の中で最も多いことから、うつ病が原因で自殺者が増えることが懸念されています。

これまでネガティブな思考を抑制し排除すれば、うつ病を治すことができるという考えの研究が進められてきましたが、ネガティブな精神状態を抑制するだけでは、抑うつ症状の十分な改善はできないことが分かってきました。
その中で注目され始めたのが、喜びや楽観、前向きといったポジティブな情動(感情)を高める治療法です。

2022年に国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 量子生命・医学部門 量子医科学研究所の山田真希子研究員と、伊里綾子客員研究員らの研究グループは、ポジティブな記憶の思い出しやすさに関わる脳のネットワークがあることを見出し、行動神経科学分野の国際誌『Behavioural Brain Research』で発表しました。

研究グループは、ポジティブ情動を高めることができれば、うつ病の治療にも適用できると考え、脳活動を自ら制御するニューロフィードバック訓練法※1に着目。さらに、ポジティブ記憶の想起には個人差があるため、ポジティブ記憶を想起しやすい人・しにくい人の脳活動の違いが明らかにできれば、その脳部位を標的とした訓練法を開発できるのではないかという考えをもとに研究を行いました。

この研究は、健常成人25人を対象に安静時fMRI(磁気共鳴機能画像法)による脳活動の測定と、記憶テストを行いました。

記憶テストは、アメリカのフロリダ大学の認知テスト用に提供された画像データベースから、ポジティブ、ネガティブ、ニュートラルな感情を喚起する画像を用意し、ポジティブな感情を喚起する画像をどの程度記憶しているかを調べました。

図)ポジティブ画像の記憶成績の個人差と関連する脳機能ネットワーク

左図の各点は個人の成績を示しています。
出典)国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 量子生命・医学部門 量子医科学研究所

その結果、ポジティブな感情を喚起する画像の記憶テストの成績がいい人ほど、前頭葉と側頭葉など左前頭側頭領域のネットワーク結合が強いことがわかりました。

左前頭側頭領域とは、言語機能と関連すると言われる領域。特に言語的・概念的なポジティブ情報は記憶に残りやすいことが、これまでの研究から報告されていることから、左前頭側頭領域が担う言語機能は、ポジティブ記憶の想起に重要な役割を果たしている可能性があるのではないかということです。

また将来的には、これらの研究成果を組み合わせてポジティブ記憶の想起しやすさに関わる脳機能ネットワーク結合を強化するニューロフィードバック訓練法により、ストレス耐性向上や、うつ病治療に応用できるようになることが期待されています。

※自分の脳活動をリアルタイムに視覚情報としてフィードバックされることにより、標的となる脳部位の活動や領域間の機能的結合を、自ら上げたり下げたりする訓練のこと。自らの脳活動を制御することで、特定の心理機能を増強・減弱させることができるようになります。

参考)https://www.qst.go.jp/site/press/20220328.html

川島隆太
株式会社NeU取締役 CTO、脳科学研究者

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