脳のはなし

咀嚼には、消化だけでなく脳を活性化する働きがあることが明らかに

咀嚼は、摂食や消化を助けるだけでなく、認知機能の向上など、脳の働きにも有益な作用があることが、これまでの研究でもわかってきています。さらに近年、歯科の共同研究で咬合や咀嚼が、認知症の発症を抑える働きがあることが明らかになってきました。

その研究のひとつに、神奈川歯科大学高次口腔科学研究所と岐阜大学大学院医学系研究科のグループが、若者と高齢者の被験者にガムを噛んでもらい、その前後の脳の海馬の活動変化を調べた研究報告があります。

これまでの同グループの報告によると、チューインガムを噛むと交感神経が活性化し、脳の運動野・感覚野・小脳などの顎運動に関わる脳の領域だけでなく、前頭前野や島皮質といった高次機能をつかさどる部位も活性化することがfMRI(磁気共鳴画像)※解析ですでにわかっています。

さらにガムを噛んだ前後の海馬の活動の変化をfMRI(磁気共鳴画像)※も使って調べられました。脳の海馬は、記憶を司るだけでなく、自分の位置を知る(空間認知)重要な役割があり、認知力が低下し空間認知能力が失われると、自分の家に帰れなくなる“迷子現象”が起こるというような重要な部位です。

この海馬を調べる研究では、海馬の活動をできるだけ高めるために「生活環境に馴染みのある風景の写真を覚える」という課題を提示した時の海馬の活性度をfMRIで測定しました。

その結果、ガムを噛む前から若者のグループでは海馬の活性化が見られましたが、高齢者グループは活性化が低いことがわかりました。2分間ガムを噛んだ後は、若者の脳の海馬に変化はなかったものの、高齢者ではfMRIシグナルが著しく増強され、海馬が活性化していることがわかりました。これは、日頃から脳活動の高い若者に比べ、高齢者の海馬の神経回路は衰えているため、咀嚼の影響が大きく現れたということです。

またガムを噛む効果を行動科学的に調べるために短期記憶のテストを試してみると、ガムを噛んだ後の多くの高齢者の記憶力の成績がアップしていることがわかりました。

さらに、この研究結果を実際の食生活で検証するために、高齢者を対象に「よく噛んで食べる」「1人で食べない」「食物の硬さや味にコントラストをつける」「会話しながら食べる」の4点を守って食事をするという実験も行われました。すると、高齢者の海馬の活動は劇的に高まり、記憶力も著しく向上したといいます。

この結果から、咀嚼は消化機能を上回る重要な働きがあり、認知症予防に役立つ可能性が明らかにされました。反対に、噛むことをないがしろにすると、脳の海馬のさらに萎縮を進める可能性があるということです。
忙しいと早食いになる傾向がありますが、しっかり咀嚼することは、消化を助けるだけでなく、脳に刺激を与えるためにも重要です。

※磁気共鳴画像。血液中で酸素を運ぶヘモグロビンが神経細胞へ酸素を供給する際に生じる、ヘモグロビンの酸素化・脱酸素レベル差により、神経組織の活動などを画像化する方法。

川島隆太
株式会社NeU取締役 CTO、脳科学研究者

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