脳のはなし

認知症の新たなメカニズムを解明

認知症の発症リスクを上昇させる最大の要因は、「加齢」です。加齢は認知症の発症要因ですが、加齢に伴う脳内の遺伝子変化については、網羅的に探索する研究は多大な労力と時間がかかるため、難しいのが現状でした。

2022年に千葉大学大学院薬学研究院の殿城亜矢子講師と伊藤素行教授、千葉大学真菌医学研究センターの高橋弘喜准教授らの研究グループは、脳内で一酸化窒素によって活性化する酵素である可溶性グアニル酸シクラーゼが、加齢によって増加することが認知症の発症リスクの一つであることを明らかにし、学術誌『Aging Cell』 で発表しました。

認知症を含む加齢性記憶障害は、ヒトだけでなく、マウス、ショウジョウバエ、線虫など多くのモデル動物でも共通してみられる現象です。この研究は、寿命が短いため老齢個体を容易に得ることができるショウジョウバエをモデル動物として用いました。

ショウジョウバエは、匂いと電気刺激を同時に与えられると、その匂いを電気刺激と関連づけて学習し、一定時間記憶することができますが、老化したショウジョウバエは記憶する能力が低下します。研究グループは、このショウジョウバエのモデルを用いて、加齢に伴い記憶低下の原因となる脳内の遺伝子を探索しました。

その結果、一酸化窒素(NO)によって活性化される可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)の発現量が加齢に伴い増加し、sGCの発現量を脳内で低下させると記憶が上昇することがわかりました。また、一部の神経細胞でsGCの発現量を抑制させたショウジョウバエや、sGCを阻害する薬剤を投与したショウジョウバエでは、加齢による記憶低下が改善。さらに、脳内の神経細胞の周囲に存在するグリア細胞で、一酸化窒素を合成する酵素であるNO合成酵素(NOS)の発現量を抑制させたショウジョウバエや、NOSを阻害する薬剤を投与したショウジョウバエでも、記憶低下が改善することが明らかになりました。

図)本研究成果の概略図

これらの結果から、加齢に伴い一酸化窒素(NO)と可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)に関連する経路が活性化することが、記憶の低下を引き起こす一つの原因となる可能性があるのではないかということです。

N0やsGCに関連する経路は、人を含めた哺乳類でも同様に機能していることから、今後はこの経路が加齢に伴い活性化するメカニズムや、低下させるメカニズムのさらなる解明が期待されています。また、この研究成果は、将来的には認知症に対する新薬開発や新たな生体内リスクマーカーの発見などに役立つのではないかと述べています。

出典:千葉大学大学院薬学研究院(PDF)

川島隆太
株式会社NeU取締役 CTO、脳科学研究者

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