脳のはなし

認知症の肥満パラドックスについて新たな発見

中年期になっての肥満は認知症のリスクを高めるとされている一方で、高齢期において肥満は認知症の発症を防ぐ可能性が報告されています。この事象は「肥満パラドックス」と呼ばれていますが、その逆説的な事象については、これまで十分にわかっていませんでした。

そんな中、2023年に国立長寿医療研究センターの認知症先進医療開発センター、分子基盤研究部の篠原充副部長、里直行部長らと、アメリカのメイヨー・クリニックの研究グループが、認知症における「肥満パラドックス」は、APOE遺伝子型で異なることを世界に先駆けて発見し、『Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry』誌で発表しました。

アルツハイマー型認知症の最大の遺伝子的な危険因子は、アポリポ蛋白E(APOE)の遺伝子多型です。多くの人が持つE3多型に比べて、E4多型はアルツハイマー型認知症になりやすく、E2多型はアルツハイマー型認知症になりにくくなることが知られています。

この研究は、そうしたAPOE多型の影響の理解が進むなか、肥満パラドックスとAPOE多型の関連について着目したもの。60歳以上の約2万人を対象に、BMIが30以上だった人を肥満と定義し、認知機能の変化や認知症発症との関係性を解析しました。

その結果、肥満は初老期の認知機能の低下と正に相関※し、特にE4多型を持っていないE2保因者で顕著であることがわかりました。一方で、初老期の肥満は認知症の発症とは負に相関※しており、その効果は特にE4保因者で認められました。

図)肥満による認知症発症の抑制作用は、APOE E4多型保因者で顕著

つまり、肥満があると加齢で生じる認知機能低下は促進されますが、病的な認知症の発症は抑制されるという「認知症における肥満パラドックス」が、この研究で示唆されるとともに、そのような肥満の作用はAPOE遺伝子型で異なるということが示されたということです。

これらの研究成果は、認知症の治療薬開発に結びつけられるものと期待されるだけでなく、APOE遺伝子検査が普及していくことが予想されています。

※正の相関…2つの異なるデータの関連性を示すこと。データの値が高くなれば、もう1つのデータの値が高くなる傾向にあることを正の相関と言います。

※負の相関…あるデータの値が高くなれば、もう一方のデータが低くなることを負の相関と言います。

出典:国立長寿医療研究センター
https://jnnp.bmj.com/content/early/2023/07/05/jnnp-2022-331034

川島隆太
株式会社NeU取締役 CTO、脳科学研究者

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