脳のはなし

主観的な記憶低下症状が過去の事故と関連

高齢者にとって車を運転することは、買い物や人に会いに行くなど自立した生活を送る上で大切です。特に公共の交通手段の少ない地方では、車は生活必需品とも言えます。しかし、加齢とともに自動車事故は重傷・死亡につながりやすいこともあるため、高齢ドライバーの自動車事故の危険性を早期に把握することが課題となっています。

そんな中、国立研究開発法人国立長寿医療研究センターの栗田智史研究員らのグループが、高齢ドライバーの主観的な記憶低下※1やMotoric cognitive risk syndrome (MCR:主観的な記憶低下と歩行速度低下を有する状態)は、過去の自動車事故やヒヤリハット経験※2と関連することを、2023年8月25日に『JAMA Network Open』誌で発表しました。

MCRは認知症になる可能性が高い状態ですが、これまでMCRと自動車事故の関連についての報告はありませんでした。MCRの人は、MCRでない人より将来の認知症になる可能性が約3倍高いことが報告されているため、MCRの状態を評価することは、将来の自動車事故の危険性を早期に把握する手段になることが考えられます。

このため研究では、MCRと過去の自動車事故、ヒヤリハットとの関連について、愛知県在住の65歳以上の高齢ドライバー12,475人のデータを、「健常者のグループ」「主観的な記憶低下のみのグループ」「歩行速度低下のみのグループ」「MCRのグループ」に分類して調べました。

その結果、過去に自動車事故、ヒヤリハット経験があった者の割合を比較すると、いずれも「主観的記憶低下のみのグループ」、「MCRのグループ」において有意に割合が高い結果となりました。また、これらのグループは「健常者のグループ」に対する自動車事故、ヒヤリハット経験のオッズ比が有意に増加しました。

これらの結果から、高齢ドライバーの主観的な記憶低下や、MCRの状態は、過去の自動車事故、ヒヤリハット経験と関連することが示唆されました。解析結果より、主観的な記憶低下やMCRを伴う人は、検査ツールにより客観的に評価した認知機能低下以外に事故の危険因子を有している可能性が考えられ、さらに知見を確証する必要があると報告しています。

この研究が近い将来、高齢ドライバーにおける自動車事故の危険性の早期把握につながることが期待されます。

※1記憶力の低下を自覚している状態のこと。
※2危ないことが起こったが、幸い事故や災害には至らなかった事象のこと。

出典:国立長寿医療研究センター

川島隆太
株式会社NeU取締役 CTO、脳科学研究者

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